そして、生産性を上げるためには、労働市場の流動化、労働力の柔軟な移動を可能とすることが必要不可欠と言います。つまり、儲からなくなった部門を早くたたんで、過剰となった労働者をさっさと解雇し、企業の再編強化を図ることが重要だというのです。だから、労働者は、転職市場に耐えるだけのスキルと能力を常に磨いておき、その能力を必要とする企業へ転職すべきだということでしょう。しかし、本来、儲からなくなるということは、その商品なりサービスが供給過剰になっているということです。その道でスキルや能力を磨いてきた人たちにとって、そう簡単に自分の能力が生かせる転職先が見つかるものではありません。だからこそ、企業は雇用をした責任として、本人の能力を発揮できる場所を自らの企業の中で最大限確保しなければなりません。それが、現在の整理解雇の4要件の「解雇回避努力」というものです。企業の縮小や再編による整理解雇が有効かどうかは、現状では、1、経営上、人員整理の必要性があるかどうか、2、解雇回避のための努力をしたかどうか、3、人選は合理的であるかどうか、4、きちんと説明を行ったかなどによって総合的に判断されます。だから、今でも解雇ができないわけではないのです。きちんとした経営上の理由があり手続きを踏めば有効と判断されるということです。ところが、いつも問題になる解雇は、企業がきちんとしたことをしないために起こります。法律はこれを規制しているのです。金銭解雇はこの規制をなくすものです。労働者はつまみ銭でいつでも簡単に解雇されます。
残業代0も同じような視点で語られています。「生産性を上げるためには企業が利益を上げられるように、効率的な仕事をしなければならない。いつまでたっても段取りを覚えようとせず、ちんたら残業の繰り返しで小銭を稼いでいるようでは、転職市場での商品価値はゼロになってしまう。だから、1000万円のバーは、今後、800万、600万と徐々に下げていかなければならない」一体、長時間サービス残業や過労死の実態はどこに捨ててきてしまったのでしょう。この人たちには「加害者」の意識はまるでないのです。残業をしている人間は、ちんたら残業代を稼ぐ人間としか映らないのです。
金銭解雇のターゲットは若者と中高齢者です。若者は、解雇ができないから採用が少ないのだといいます。とりあえず採用して使い物にならなければ少ない金額で解雇できるようになれば採用は増えるらしいです。採用は増えても、失業者が増えたのでは全く意味がないですよね。中高齢者を一人解雇すれば優秀な若者を3、4人雇用できるそうです。その一人がこれまでどれだけ会社に貢献してくれたのか考えたことはあるのでしょうか。この社会はどうなってしまうのでしょう。
2014年6月19日木曜日
2014年6月18日水曜日
経営者側の暴論に反論する1
残業代0や金銭解雇が盛り込まれた政府の新成長戦略の素案が発表されました。これについて、経営側のコンサルタントは相変わらず暴論でこれを肯定しています。少し反論してみましょう。
前提を要約すると「日本の現役世代は先進国で一番頑張っている。就業者一人当たりの成長率は先進国で一番高い。問題は、高齢者の比率が他国に比べ高すぎるからである。少子高齢化時代を迎えた日本で必要なことは生産性の向上である。現役一人あたりのGDPを押し上げる以外に方法はない」
さて、そもそもなぜ日本は少子高齢化時代を迎えたのでしょう。長生きをしているお年寄りが悪いのでしょうか?日本の社会が「安心して子供を産み育てることができない社会」だからではないでしょうか。年功賃金制度が定着していた時代には、賃金にはある程度、配偶者や子供を扶養するための生活給が含まれていました。一方でその生活給を守るためにはいわゆる「無限定社員」として会社の言いなりになるしかありませんでした。そこに能力・成果主義が導入されて勤続や年齢で賃金が上昇する時代は終焉を迎えました。普通に、まじめに働く労働者の賃金は上がらなくなりました。そして、1955年以降、非正規労働者が雇用の調整弁として大幅に採用されるようになり、今や3人にひとりは非正規労働者、正社員になることすら難しいという実態です。いわゆる「中間層」は激減し、格差が拡大しました。子供ができない第1の原因は「経済的不安」です。そして、この日本には、その経済的不安を支える「社会保障」がないのです。しかも、多くの会社は、未だに、妊娠や出産を迎えた女性社員を何とか口実をつけてやめさせようとしています。もし、現役世代が先進国で一番頑張っているのなら、なぜ、それに見合う賃金が保障されないのでしょうか?なぜ、それに見合う子育て支援がないのでしょうか?だから、前提は「一生懸命頑張っている現役世代の労働者の賃金を上げるか、家族も含めた将来の生活を国が保障するしか方法はない」でしょう。だから、残業代0や金銭解雇はだめなのです。(つづく)
前提を要約すると「日本の現役世代は先進国で一番頑張っている。就業者一人当たりの成長率は先進国で一番高い。問題は、高齢者の比率が他国に比べ高すぎるからである。少子高齢化時代を迎えた日本で必要なことは生産性の向上である。現役一人あたりのGDPを押し上げる以外に方法はない」
さて、そもそもなぜ日本は少子高齢化時代を迎えたのでしょう。長生きをしているお年寄りが悪いのでしょうか?日本の社会が「安心して子供を産み育てることができない社会」だからではないでしょうか。年功賃金制度が定着していた時代には、賃金にはある程度、配偶者や子供を扶養するための生活給が含まれていました。一方でその生活給を守るためにはいわゆる「無限定社員」として会社の言いなりになるしかありませんでした。そこに能力・成果主義が導入されて勤続や年齢で賃金が上昇する時代は終焉を迎えました。普通に、まじめに働く労働者の賃金は上がらなくなりました。そして、1955年以降、非正規労働者が雇用の調整弁として大幅に採用されるようになり、今や3人にひとりは非正規労働者、正社員になることすら難しいという実態です。いわゆる「中間層」は激減し、格差が拡大しました。子供ができない第1の原因は「経済的不安」です。そして、この日本には、その経済的不安を支える「社会保障」がないのです。しかも、多くの会社は、未だに、妊娠や出産を迎えた女性社員を何とか口実をつけてやめさせようとしています。もし、現役世代が先進国で一番頑張っているのなら、なぜ、それに見合う賃金が保障されないのでしょうか?なぜ、それに見合う子育て支援がないのでしょうか?だから、前提は「一生懸命頑張っている現役世代の労働者の賃金を上げるか、家族も含めた将来の生活を国が保障するしか方法はない」でしょう。だから、残業代0や金銭解雇はだめなのです。(つづく)
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